私には常識が欠けている、らしい。今更仕方ないのでこのままにしておく。昨日の午後から古本屋さんと新刊屋数件を回って本を少し買った。そのあいまにアップルストアに寄り道して、私のMacBOOK ProのCDドライブが死に瀕していることを訴えた。するとスタッフから修理に出して部品交換をすると5万円くらいかかりますよ、と言われた。では外付けがいいの、と聞くとその方が安いです、と答えた。最初買ったときから具合わるかったのになあと思いながらも黙って、外付けを買うことにした。しかしこれは大きい。電源も必要だし、持ち運び不可。でも買った。延命装置のようなものだ。
買った本はひとつを除いて小さなものばかり。春山行夫『花の文化史』2は1を持っているから。岩波新書『書斎の王様』は帰りの飛行機で読む。カールス『ゲーテ』は自然科学に関する内容なので。マルセル・レイモン『ポール.ヴァレリー』は最近の買い癖として。ギトリイ『ベランジエ』、トルレル『機械破壊者』は昔の戯曲。そのあと、ジュンク堂に行った。『鉄腕アトムオリジナル復刻版』があった。1951年から1957年までの収録だが、最初期は私よりやや前の世代に属している。本の後半から私もリアルタイムに近づく。おそらく団塊の世代の購読をあてにしているのだろう。
そして書斎に戻った。そこには拡げっぱなしの私の過去がそのまま保存されていて、どうやって収束させればいいのかと私を強迫する。連鎖の糸のはじをつかんだような気がするときもあれば、すべてがばらばらに見えてただ茫然とすることもある。しかしいずれにしろどこかのはじをつかんでそこからほぐしていくしかない。
風呂敷をたたみ終わるまであと少しの時間を。