永松定は熊本県玉名郡の出身で、古くはハックスレー『恋愛双曲線』の翻訳やジョイスの『ユリシーズ』の共訳者として知られています。私は彼のジョイス論の翻訳(ハーバート・ゴーマン[ジョイスの文学』)を持っていますが、思い切り読みにくい文章でした。彼は後年『永松定作品集」を出しています。伊藤整の『得能五郎の生活と意見』をもう少しだるくしたような長編を読みかけて途中で投げ出してしまいました。この本を除けば昭和12年に出た『万有引力』が彼の唯一の小説集(短編集)のようです(まちがいでした。戦後に出た『田舎ずまひ』という本があるそうです)。書名にもなっている冒頭の作品はかなり卑俗な物語ではあるものの、それを小説化しようとする主人公の構想が現実(もちろん物語中の現実ですが)の動向に介入していくというところがこの小説の面白さになっています。