終戦後のまだ物資の乏しい時代に、美しい本を作ろうと努力を重ねていた細川書店の発行。当時の時代背景を考えると無謀ではないかとも思えるが、そこをなんとか工夫して、繊細かつ当時ならではの雰囲気を持った本が何冊か作られた。ただし決して丈夫とは言えないものばかりなので、持ち主は取り扱いに細心の注意を要求される。正宗白鳥の『内村鑑三』は前の持ち主が手製の函に入れておいてくれたおかげで、今も薄紙の帯がきれいに保存されている。私が壊す訳にはいかないのであまり触らないようにしている。
『中国と私』は昭和25年12月と奥付にあるから、私とほぼ同じ年齢を経過している。以前から1冊持っていたが、かなり痛んでいたので、カヴァー付きに買い直した。送ってきた本は私が持っていたのとは別物かと思うほど状態が良く、それに「細川だより」という小さな紙片が入っていた。これは版元の講釈のようなもので、装幀に関する工夫が綿々と綴られている。カヴァーや扉の印刷が木版であることなどやはり言われないと分からない。
おもしろいのはこの二つ折りの紙片の内側が白紙のメモとなっており、本文に何か書きたくなったらここに書いてください、とある。
つまり本には書き込みをしないでほしいということなのだ。