メリメの『カルメン』を読みました。ビゼーの『カルメン』はメリメの原作の第3章が下敷きだそうですが、内容はかなり書き換えられているとのことです。ドン・ホセの告白が始まるまでの1、2章は快調な展開で、恋に落ちた男と奔放に生きる女を遠い視点から眺める語り手の距離感がこの男女の輪郭と関係を、彼らの社会的、風土的背景も含めて明らかにしてくれます。そして第3章の有名なドン・ホセの告白が始まるわけです。
ここでは客観性よりもカルメンを捉えようとしても捉えきれない男の嫉妬や焦りがカルメンをますます謎めいた女へと仕立て上げていく過程が描かれています。カルメンの一連の行動は彼女なりの必然的な生き方なのですが、それが幸福の頂きから不幸のどん底へとホセを突き落とすわけで、それが果てしなく繰り返されてホセを苦しめます。男は殺人を犯してまで彼女を独占しようとします。しかしすべてのライバルがいなくなったにも関わらず、それでもカルメンはホセを拒絶します。そしてカルメンは男に束縛されるよりはむしろ殺されることを選びます。
創元文庫では殺害に至る直前のページに1枚だけ挿絵が入っています。1頭の馬にふたりは背中合わせで寄り添っています。カルメンはすでに死を覚悟したように目を伏せ、ホセはカルメンを気遣うように横目で振り返ろうとしています。道行きというところでしょうか。
おそらく第3章の告白だけではカルメンのイメージは見えてきません。おそろしく気まぐれで、いつも男心をもてあそぶ女と、女にだまされて悪の道に引きずり込まれた純情な男の物語、そう言えばそうなのですが、この見えていないという距離の中の出来事が普通恋と呼ばれているという普遍性を、この物語は証言しているのでしょうか。